彼と私のイコール

私の好きな人は、家に仕える使用人。寡黙な性格で、愛想は決して良い方ではない。
でも、本当は優しい人だと、私は知っている。
仕事はいつだって真面目だし、薔薇の手入れも彼が丁寧にしているお陰でいつも綺麗に咲き誇っている。
疲れているようだからと、学校帰りの私にハーブティーを淹れてくれたことだってあった。
そんな嘉音君のことを、いつからかもう分からないけど、気づけば大好きになっていた。

でも、一つだけ、気になる所がある。
それは、いつも自分のことを「家具」だと称すること。
源次さんや紗音の口からもたまに聞くけど、嘉音君は特によく発しているように思う。
最初は、「使用人」という立場をそう言っているのかと思ってたけど、そういうのとはどうも違う気がして。

家具って何?
嘉音君は人間だよ。
だからそんなことを言わないで?

以前、彼にそう言ったことがある。
…けれど、私の言葉は、余計に彼を傷つけただけだった。

「僕は人間じゃない!」

そう叫んだ嘉音君の辛そうな表情は、未だに私の脳裏に焼き付いている。
そんなつもりはなかったのに。
ただ、伝えたかっただけなのに。
君は「家具」なんかじゃないってことを。

けれど、きっと嘉音君に伝わるなんていうのは、私の思い上がりだったのだと思い知る。
育った環境も、生き方も、まるで違ってきた彼のことを、私は何も理解していなかったのだ。
彼の言う、「家具」ってどういうことなのだろう。
…解らない。
もしかすると、理解できることなんてできないのかもしれない。
でも、だからと言って諦められるかと言われれば、諦められるわけもない。

…なら、私はどうすれば良いのだろう。


気分転換に薔薇庭園へと散歩に出ると、丁度薔薇の手入れをしていた嘉音君の姿を見つけた。
「おーい、嘉音君!」
「お嬢様」
「薔薇のお世話?いつもご苦労様だなぁ」
「…いえ。それが僕の勤めですから」
嘉音君は、相変わらずの無表情で、淡々と答える。
「んなこと言っちゃって。知ってるんだぜ、嘉音君が大事に薔薇を育ててるの。嘉音君がいつも丁寧に優しく育ててくれているから、薔薇も喜んでると思う。だから、こんなに綺麗に咲いてるんだなって…。いつも、ありがとな」
「……っ」
私がお礼を言うなんて思ってなかったのか、嘉音くんは少し戸惑ったような顔をした。

「………」
…嘉音君は、自分を家具だと言うけれど、本当に家具なら、そんな表情するだろうか?
そもそも、この前だって、「自分は人間じゃない」と言った彼の辛そうな表情は、正に彼も悩み、苦しむこともある、一人の「人間」そのものだからではないのか。
それも、私の勝手な思い込み?
私は徐に、嘉音くんの手を取った。

「……お嬢様…?」
暖かい。
嘉音くんの体温。
それは人間の持つ、優しい温もり。
…こんなに温かいのに、何で違うと言うのだろう?
何で、私の言葉が伝わらないのだろう。
嘉音君の抱えるものを、私が少しだけ抱えることができたら良いのに。
しかし、きっと嘉音君はそれを許してはくれないだろう……それだけは、理解できて、ぎゅっと胸が苦しくなった。

「あの…、お嬢様……」
「え?」
呼ばれてふと顔を上げると、嘉音君の顔が目の前にあった。
……あれ?
何で、嘉音君の顔がこんなに近いんだ?

「……あ」
見ると、私の腕が、しっかり嘉音君の身体に回されていた。
「うわぁぁぁぁ!!ごっ、ごごご、ごめん!!」
つまり、いつの間にか私は、嘉音君を抱きしめていたわけで。
慌てて嘉音くんから離れて距離を取る。

私は一体何をしているのだろう。カーッと、顔も身体も熱くなっていく。
どうしよう、どうしよう。
自分の仕えるお嬢様が、いきなり手を握ったと思えば、抱き締めて抱きしめてくるなんて。
絶対におかしいと思われた。
(な、何とかして誤魔化さないと…っ)

……あれ?

「嘉音くん…ちょっと顔赤い?」
「っ!」
それは、私が初めて見た彼の表情。
思わず声に出してしまっていて、気づいたときにはもう遅い。
少し赤くなっていた嘉音君の顔はまた赤くなる。

そりゃあ、そんな反応をしても不思議ではない。
急に異性に抱き着かれて、無反応でいる人の方が少ないだろう。当然の反応だとも言える。
でも、嘉音君がこんな表情をするということが、私にとっては大きな発見だった。
「嘉音君でも、赤くなったりするんだ」
ぷい、と、気まずそうに嘉音くんは顔をそらして、ぼそぼそと呟いた。
「それは…、いきなりでしたから、びっくりして……」
「…うん。あはは、そうだよね、ごめんね」
何でだろう。とても恥ずかしいのに、同時に嬉しい気持ちも湧きあがる。

「お嬢様こそ、顔が赤いです」
「うん。…だって好きな人に抱きついちゃったんだもん」
「!」
嘉音くんも私と同じくらい顔を赤く染めて、二人してその場に黙り込む。
(ほら、君だって、同じじゃない)
そう心の中で呟いた。

家具だとか、人間だとか…私にはまだ、よく解らない。

…だけど、どうしたって私は、嘉音君のことが好きなのだ。
難しいとわかってても、知りたいし、理解したい。
私の気持ちを伝えたい。

もっともっと、君と一緒にいたいから。


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