矛盾と焦燥

*修学旅行イベント、華原→ヒトミ。


広く、真っ白に広がる雪原をぐるりと見渡す。
先に行って練習していると言っていた初心者コース。
しかし、そこいるはずの彼女の姿は、どこを見回しても見つからなかった。
「あ、荻野、柴崎。桜川を見かけなかった?」
彼女の親友二人を見つけ声をかけると、二人とも首を左右に振る。
「ヒトミ?ううん、見てないけど…」
「うん、こっちの方には来てないよ。いたらわかるもん」
ということは、桜川はまだここに来ていないということになる。
桜川の性格からして、何も言わずに別の場所へ行くことはしないだろう。
……じゃあ、どこへ行ったんだ?
何となく、嫌な予感を覚える。
しかし、オレはそれに努めて気付かないフリをして、再び桜川を探すのだった。

「桜川さん?ああ、彼女なら、あそこのリフトに乗るのを見たよ」
荻野と柴崎と一緒に、桜川を見なかったか同級生達に声をかけ、やっと目撃証言を手に入れた。
「え?でも、あのリフトって……」
桜川を見たという女子が指差す先にあるのは、『超上級者コース』行きのリフト。
それを認識した瞬間、みるみる血の気が引いていくのが自分でもわかった。
「…ねえ、それって、マズくない?」
「だって、ヒトミがあんなコース滑れるわけないじゃない」
「とりあえず、先生に言わないと……って、華原君!?」
考えるよりも先に、オレの足は自然とリフトの方へと向かっていた。それを荻野達が引き止める。
「待って、華原君!さすがに危ないって!先生達に言ってきた方が…」
「そんなことをしてる間に桜川に何かあったらどうするんだよ!!」
普段の自分からは考えられない荒げた声に、荻野と柴崎はビックリした表情で固まる。
オレ自身、こんなに声を上げるつもりはなく、内心驚いていた。
「あ…ごめん。でも、もしかしたら桜川も無茶をするかもしれないし。荻野と柴崎は先生達に伝えて。オレは桜川を探すから」
「……わかった。華原君も、無理はしないでね。二人とも戻ってこない、なんてことにならないでよ」
「ああ、わかってるよ」
そう返事をすると、オレは再びリフトへと走り出した。

「桜川!桜川ーーっ!!」
リフトを降りて辺りを見回すが、桜川の姿はどこにもなかった。
一体どこにいるんだ。山林の方へ目をやると、まだ新しいスノボーの跡を見つけた。
「桜川か…?」
考えている暇はない。早く行かないと。
しかし、進んでも彼女の姿は見つからず、焦りと苛立ちばかりがどんどん募っていく。
桜川、桜川、桜川。
頭に浮かぶのは、彼女のことばかり。

―――何で。
頭の隅で疑問がちらつく。
何でオレは、こんなことをしているんだろう。
こんなに必死で彼女を探しているのだろう。

スノボーは苦手だと言っていた。
教えたものの、最初よりも多少マシになった程度で、初心者コースだってまだ怪しいレベルだ。
上級者コースなんて、とても滑れるわけがない。
先生達に任せるのが一番道理なのはわかっているだが、彼らだってすぐに動けるわけではないだろう。
今日中に彼女を見つけられるかも怪しい。

心配になるのも当たり前だろ?
それに、桜川は大人しく待つよりも自分でどうにかしないとって動くタイプだ。途中で怪我をして動けなくなっているかもしれない。
だから、誰かが、オレが行かないと。
しかし、どんなに理由を並べてみても、自分を言い聞かせるための言い訳に聞こえてしまう。

『華原君』

脳裏に浮かぶのは、純粋で、無邪気な笑顔。
ダイエットで外見は驚く程変わったが、初めて顔を合わせた時から、ずっと彼女はそうだった。
いつも呑気に笑ってて、呆れるほど単純で、それなのにたまに妙に鋭くて驚かされる。
そして、超が付くほどお節介で、お人好し。

でも、いくら人が好さそうにしていても、いざって時は簡単に裏切る―――偽善者のくせに。
『桜川ヒトミ』という人間を知れば知るほど、彼女に対する苛立ちは募っていき、ユウキと再会したあの日、遂に爆発した。
桜川のような人間が一番嫌いだ。
心の奥で、ずっとそう思ってきた。

…だったら何で、そんな奴のためにオレはこんな所まで来て、必死にそんな奴のことを探しているんだろう。
現在のオレの行動は、大きく矛盾している。
ああもう、わからない。自分のことなのに、何で。

ただわかるのは、桜川が無事でいて欲しいことだけ。
早く、彼女の元気な姿を確認したいだけ。
矛盾だらけの胸の内でわかったのは、ただ自分がそう願っていることだけだった


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