飴を一つ

*ダイエット中、秋頃の華原×ヒトミ。


「華原君、大丈夫?」
「…え?」
次の体育の授業のため、体育館へ向かう途中の廊下。
唐突に桜川に呼び止められた。

「大丈夫って、何が?」
「うーんと…何だか今日の華原君、疲れてる?というか、ちょっと調子が悪そうだなって……」
気のせいかもしれないけど、と桜川は続ける。
「……」

正直、驚いた。誰にも気付かれないように振舞えていると思ったから。
桜川のそれは、気のせいではない。
『明るく優しい華原君』という仮面も楽じゃないもので、たまに妙に疲れる時がある。
クラスメイトから頼られれば手を貸して、困っていれば手を差し出す。
正直面倒だし、しんどくもなるが、そうなるように自分が仕向けているのだから仕方ない。
けれど、たまに全部放り投げてしまいたいと思うことがある。
だからと言ってそんなことはできないから、周りに気付かれないよう、いつも通りに振舞った。
お陰でオレの調子が悪いことを気付く奴はいなかったし、それは桜川も同じだと思っていたのだが。

「何でわかったの?わからないようにしてたつもりだったのに」
「うーん…何となく、かな?」
「は?」
桜川の答えに、思わず間抜けな声を出してしまった。
何となくでわかるものなのか?
「ご、ごめんね?でも、そうとしか言いようがなくて…」
「何だよそれ。…桜川って、鈍そうなのに変な所で鋭いよな」
「に、鈍…!?っていうか変って!」
「だってそうだろ?今日だって、気付いたのは桜川だけだぜ?」
ぷくっと頬を膨らます桜川がまた可笑しくて、ついクスクスと笑ってしまう。
気付かれない自信があっただけに、何となくで気付いたのなら、大したものだ。

でも、そんな桜川も、オレが本来の自分とは違う、仮面を付けて接していることなんて気付かないだろう。
気付かなくて良い。…知らなくて良い。

「大丈夫だよ。ちょっと疲れてるだけだし、次の体育で授業は終わりだしさ。心配してくれてサンキュ」
「……本当に?」
「本当だって。ほら、早く行こうぜ。チャイムが鳴っちまう」
訝しげに見つめる桜川を促して、歩みを進めようとする。
実際もう時間はそんなにないはずだ。

「…あ、そうだ。待って、華原君」
振り返ると、「はい」と桜川が手を差し出してきた。その手は何かを握っていて、差し出されるままつい受け取る。
受け取った手のひらの中には、飴玉が一つ。
「疲れた時には甘いものが良いって言うから」
「…ああ、サンキュ」
ピンク色の水玉模様の包み紙を剥がし、飴玉を口へと運ぶ。甘い苺の味がふわっと口の中に広がった。
「でも、無理しちゃダメだよ?」
「わかってるって」

何となく、疲れが少し消えたような気がしてきた。
桜川の言う通り、甘いものを口にすると違うのだろうか。
チラリと横を歩く桜川へ視線を移すと、こちらの視線に気付いた桜川が微笑み返す。
不思議とまた少し疲れが取れたような気がする。
(あと少しだし、頑張るか)

―――疲れた時には、甘いもの、か。
たかだか飴玉一つでも、意外と効果はあるんだな。
普段は好んで食べないけれど、たまには甘いものも悪くないかもしれない。
桜川の横顔を見ながら、そんなことをぼんやりと考えていた。



目の前にある幸せ

「わ~、おいしそう」
目の前には、フルーツがたくさんのったおいしそうなケーキ。真っ白でお洒落なお皿がその彩りを引き立てていて、フルーツが宝石のようにキラキラしている。
一学期の期末試験が無事に終わって、久々に華原君と放課後デート。そこで立ち寄った、最近新しくできたカフェは、おいしい上にカロリー控えめなスイーツもあると、女の子に人気上昇中のお店らしい。
優ちゃんに教えてもらってからずっと気になっていて、やっと来ることができた。
確かに、こんなにおいしそうなのに、カロリーは控えめだなんて、なんてありがたいの…!
うっとりと眺めていると、くすっと、向かいに座った華原君が笑っていた。

「本当に桜川って、食べる前からすごく幸せそうな顔をするよな」
「うっ…。そんなに顔に出てる?」
「ああ。世界一幸せって感じの表情してる」
クスクスと笑う華原君に、何だか恥ずかしくなってきて、かあっと顔が赤くなるのがわかる。
「だ、だって、こんなにおいしそうなケーキを前にしたら、誰だってそうなるでしょう?…華原君は違うの?」
「うーん。オレは甘いのそんなに得意じゃないし。桜川みたいに、見ているだけで幸せって風にはならないかな」
そう言って華原君は、頼んだアイスコーヒーを一口飲む。
「むぅぅ…」
「いいじゃん。それが桜川の可愛い所なんだし」
にこっと笑顔を向けられてドキッとしちゃうけど、何だかちょっと悔しい。
でも、華原君だって、見ていると幸せな気持ちになることだってあるはずだ。
…ほら、例えば……。

「…動物!」
「動物?」
「そう!動物を見ている時は、華原君も幸せな気持ちになるでしょう?」
「え?…まあ、そうだな」
でしょでしょ?と私は得意げに笑ってみせる。
だって、動物…特にシュタインを見る時の華原君の表情は、本当に優しくて幸せそうだもの。
「つまり、今の私は、それと同じ気持ちってこと」
「…まあ、そう言われると、少しわかるかな」
やった!華原君にもこの気持ちをわかってもらえたことに満足して、さあケーキを食べようと、フォークに手を伸ばした。
「…でもさ」
「ん?」
「そりゃ動物は好きだし、見てるだけで幸せになるけどさ。別に、そういう気持ちになるのは動物以外にもあるぜ?」
「…え?」
どういうこと?と華原君を見ても、ただニコニコと微笑むだけで何も言わない。
(……当ててみろってこと?)
手にしていたフォークをテーブルに戻し、うーん、と考えてみる。

華原君の好きなものっていうと…動物…はさっき言ったもんね。他にはサッカー、ゲーム……でも、確かにその二つも好きなんだろうし、楽しそうにしているけど、『見ているだけで幸せになる』っていうとちょっと違う気がする。
となると………何だろう?
「…うーん……」
「わかんない?」
「………うん」
華原君のことは、他の人よりは(家族には負けるだろうけど)よくわかっているとちょっと自惚れていたから、何だか悔しい。
それが表情に出ていたのだろうか。クスクスと笑う華原君に、余計に悔しくなってくる。
「もう、華原君!笑ってないで、教えてよ」
「いや、だって。本当にわからない?」
「わからないから聞いてるの!」
「…いるじゃん。オレの目の前に」
「……え?」

華原君の、目の前…?
ケーキ、じゃないよね?うん。
えーと、じゃあ……それって…それって、もしかして。
「…わ、私…?」
「正解」
そう言って笑う目の前の華原君の表情はすごく優しい。
その瞬間、急に体温がどんどんと上がっていくのがわかる。
心臓の音が煩くて、ただでさえ赤くなっているだろう顔が、更に熱くなっていく。
「桜川と一緒にいる時が、今のオレにとって一番幸せなことなんだ」
「…ほ、本当?」
「本当だって。桜川はもう少し自惚れていても良いと思うけど」
「……うん」
何だろう。胸がギュッと詰まって、苦しいくらいなんだけど、それ以上に嬉しくて。
だから、私も素直に自分の気持ちを華原君に伝えたいと思った。

「…私も、だよ?私も、華原君と一緒にいる時が一番幸せ。…これからも、ずっと」
いつもなら照れて俯いちゃうけれど、こういう時こそ華原君の目を見て伝えたくて、私は華原君を見つめて、微笑んだ。
それが予想外だったみたいで、一瞬目を瞠った後、華原君はぷい、と顔を逸らしてしまった。その頬が少し赤いのは、きっと気のせいじゃない…よね?

サンキュ、と小さく聞こえた声に、幸せで心が満たされて、私はケーキを一口頬張った。

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