小さな違和感

*敬大×芹沢(NGライフ)
*42話と43話の間の妄想。


「はいっ、敬ちゃん」
「…何だ?これは」
「何って、見ればわかるでしょ?」
「いや、わかるけど」
そう言う敬ちゃんの机の上には、『入部届』と書かれた用紙が一枚。

「この前、演劇部に入るって言ってたでしょ?」
「あれは裕真が勝手に…」
「でも何度か手伝ってくれたじゃない。敬ちゃんもノリノリで演技してたし」
そういえば、前にやった敬ちゃんのセレナは可笑しかったなあ。
思い出して、思わず吹き出してしまう。
「何を笑っているのかな?芹沢サン」
「あはは、ごめんごめん。何でもないよ?」
「…とにかく。あくまでも演劇部のあれは手伝ってやっただけで。オレは入るなんて言ってないからな」
やっぱり、そう簡単にはいかないか。
仕方ない。早速、私は切り札を使うことにする。

「今度の演劇部の合宿、裕真君も行くって」
ピクリ、と敬ちゃんが反応する。
うん。やっぱり敬ちゃんには『セレナ』なんだよね。
どうしようもない事実に胸の奥がチクリと痛むけれど、そんな風にセレナを想う敬ちゃんが好きなのだから、私もつくづく敬ちゃんバカなんだな、と思う。
「ねえ、セレナと合宿だよ?どうどう?」
「くっ…!いや、裕真は裕真。セレナじゃないし…」
…あれ?
敬ちゃんが裕真君――セレナに釣られないなんて。
いつもなら、「セレナと合宿!?」ってハイテンションになる所なのに。何と言うか、妙に冷静だ。
そういえば、この前のミーティングの時も何だか様子が変だった。
気のせいかもしれないけれど、最近の敬ちゃんは、どこかよそよそしいような気がする。

「敬ちゃん。どうしたの?何かあった?」
「…別に。芹沢には関係ないよ」
…嘘。きっと何かあったのだ。でもあまり言いたくはないのだろう。
こういう時の敬ちゃんは頑固だから、これ以上聞いても無理だと知っている。
言ってくれるまで待つしかない。

「あーあ。麗奈ちゃんと清ちゃんも来るし、後は敬ちゃんだけなんだけどなぁ」
何の気なしに呟いた言葉に、またピクリと敬ちゃんが反応した。
「……琴宮も行くのか?」
「え?うん。昨日合宿のこと話したら、行くって言ってくれて…」
「………」
清ちゃんに反応するとは思わなくて、少し驚く。
「…行こうかな、合宿」
「えっ?」
思いがけない言葉に、思わず声が上がってしまう。
「本当に!?敬ちゃん、演劇部、入ってくれるっ!?」
「…ああ」
「やった!ありがとう、敬ちゃん」
「そんなはしゃぐことじゃじゃないだろ」
呆れたように敬ちゃんは言うけれど、嬉しいものは嬉しい。
敬ちゃんが演劇部に入ってくれたら、演じてもらいたいと思っていた役は色々ある。
何より、敬ちゃんと一緒の部活動は、これまで以上に楽しくなるに違いない。

「美依ちゃん」
声のする方へ目をやると、教室の扉から、清ちゃんがひょこっと顔を覗かせた。
「清ちゃん。どうしたの?」
「ちょっと合宿のことで聞きたいことがあるんだけど。今、大丈夫?」
「うん。良いよ。じゃあ、敬ちゃん。ちょっと行ってくるね。入部届よろしくね」
そう言って、清ちゃんの元へへ行こうとした時。

グイ、と、腕を引っ張られた。

「え?」
振り向くと、敬ちゃんが私の腕を掴んでいた。
妙に真剣な表情でこっちを見るから、思わずドキッとしてしまう。
「……」
「…敬ちゃん?」
「…あっ、ごめん」
パッと腕を離すと、敬ちゃんは何事もなかったかのように、手をヒラヒラ振って送り出してくれた。
「ほら、行けよ。大丈夫、入部届はちゃんと書いておくからさ」
「うん…」

やっぱり、敬ちゃんの様子が何だかおかしい。
さっき腕を掴んだ時だって、何か言いたそうにしていたのに。

”行かないで”

何となく、そう言われたような気がした。
(…って、そんなわけないか)
だとしたら、何が言いたかったのだろう。
何か訴えかけるような敬ちゃんの目が、頭の中で焼き付いている。
もし、私に何かあるなら、言ってほしい。
私の知らない内に何かしていたとしたら、ちゃんと改めるし。
もし悩んでいることがあるなら、力になりたいのに。

(合宿の時にでも、タイミングがあれば聞いてみようかな)
それで敬ちゃんの気持ちが晴れて、いつもの調子に戻ってくれたら良いんだけど。
皆がいて、敬ちゃんが笑ってて、私はそんな敬ちゃんの傍にいられれば良い。
だって私は、敬ちゃんのことが大好きだから。

…だから。これからもずっと、敬ちゃんの"親友"でいられますように。


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