笑顔の源

……やっぱり、おかしい。

渡狸は隣で授業に集中している凜々蝶の後ろ隣の席…カルタをちらりと横見する。
視線の先にある彼女は、ノートを取りながらも、たまにぼんやりと宙を見る。
それは普段と変わらない光景で、端から見れば、いつも通りの彼女に見えるだろう。
しかし、長年ずっと彼女と共にいる渡狸は、幼馴染みの小さな変化を敏感に感じ取っていた。
やっぱり、今日のカルタは少し変だ。
…何というか、元気がない。
普段からぼんやりしている彼女だし、もともと感情をあまり表に出さないが、今日は朝から妙に元気がないのだ。
登校中や休憩時間、話していてもどこか上の空で、小さく溜め息もよくついている。
しかし、クラスメートやカルタと親しくしている凜々蝶も気付いていないようだった。
本人もあくまでいつも通りに振る舞っているつもりらしい。
…でも、わかる。彼女のことをずっと昔からよく見ていたのだから。

(――何かあったのか?)

昨日の様子を思い返すが、特に変わりなかった……と、思う。
いつものように学校へ行き、食事を共にしながら、他愛ない話をした。それだけだ。
風邪を引いただろうかと最初は思ったが、どうもそうではなさそうだ。
おかしいと思ったのは今朝のことだから、多分昨日何かあったのだろうと思う。…が、昨日彼女とも一緒にいたが特に何かあった記憶はないし、皆目見当がつかない。
不良と自称しながらも授業を真面目に受ける渡狸だが、この日はカルタのことが気になって、全く授業の内容が頭に入らなかった。

「ならカルタたんに直接聞いてみたら良いんじゃな~い?」
「うわっ!?」
帰宅するなり、いきなり夏目が現れ、渡狸はビクッと身体を仰け反る。 カルタのことを考えていたせいで、夏目が側にいることに全く気付かなかった。
「お帰り渡狸~」
「いっ、いきなり話しかけるなっ!ついでに俺の頭ん中も視るんじゃねーっ!」
「まぁまぁ、怒鳴らない怒鳴らない☆それより、カルタたんのことが気になるんでしょ~~?」
「う…」
夏目との付き合いも随分長いが、相変わらず掴めない。ペースを狂わされてしまう。
… 彼の持つ能力のせいだろうか、何だかいつも見透かされてる気がする。
「でも渡狸は分かりやすいから、能力使わなくてもだいたい分かるけどね~」
「だから視るんじゃねーっ!!」
そこでふと思う。…そうだ。 彼なら、夏目なら分かるかもしれない。
今日のカルタの元気のない理由を。
「知りたい~?」
「…あ、あぁ」
「ん~~…どうしよっかな~~☆」
「知りたい?って聞いといてそれかよ!」
「じゃあ、一つだけ。特別ヒントだよ。カルタたんの元気のない理由は、もしかして渡狸が絡んでるかも~?」
「お、俺!?」
予想外の返答に、渡狸は動揺する。 カルタの元気のない理由は、自分が絡んでいる…?
「俺、が原因…?」
「これ以上は僕にもわからないから、後は本人に聞いてみなよ。カルタたんは今ラウンジにいるよ☆」
「………」
(カルタが元気がないのは…俺のせい……?)

夏目の言う通り、ラウンジに向かうとカルタがいた。 いつもこの時間、彼女はおやつを食べている。
普段ならおいしそうに口に運んでいるというのに、今は大きなパフェの上に乗っているクリームををスプーンでつっつきながらぼんやりとしている。
…どうしたのだろう。 夏目は自分が原因だと言っていた。…ということは、知らない間に自分が何かしてしまったのだろうか?
けれど、全然覚えがない。自分は一体何をして、彼女を傷つけたのだろう?
ぐるぐると答えのわからない疑問が頭の中を駆け巡る。
しかし、いつまでもこうしていられない。意を決して渡狸はカルタの方へ向かい、声をかけた。
「カ、カルタ…!」
「渡狸……」
普段のように話しかければ良いはずなのに、変に緊張してしまう。
「あ、あのさ……」
その先を言おうとして、言葉に詰まる。
『何かあったのか?』 それだけの言葉なのに、先程の夏目の言葉がちらついて、上手く言葉が紡げない。
自分が知らない間にカルタを落ち込ませてた……その答えを聞くのが正直、怖かった。
けれど、もしそうなら謝らなければ。
傷つけるつもりなんてなかった。寧ろ、逆で。
自分はいつも彼女に助けられているけれど、守られるだけじゃなくて、いつだって自分は彼女をを守りたいと思っているのだから。
「えっと、その…」
「ねぇ、渡狸」
言葉を紡ごうとしとすると、カルタがそれを遮るように口を開く。
「え?な、何だ?」
「渡狸は……私のこと、嫌い?」
「は…はぁぁ!?」
予期せぬ質問に、渡狸はここはラウンジで他の住人もいるということも忘れ声を上げてしまう。
「な、何でそんなこと聞くんだよ!?」
「…今日ね、夢を見たの」
「夢?」
「私は渡狸に嫌われて、渡狸がどこか遠くへ行っちゃうの…」
「はぁ!?」
かちゃり、と持っていたスプーンを置く彼女は、誰が見ても分かる、悲しそうな瞳をしていた。
「目が覚めても、とても悲しくて、怖くて…。ご飯も今日は全然おいしくないの…」
「カルタ…!」
自分がカルタを嫌うことなんて、そんなこと、あるわけないのに。
「私…渡狸に嫌われるの、やだ……」
「つーか何でそんなことになるんだよ!!嫌いなわけないだろ!?」
「じゃあ、……好き?」
「あ、当たり前だバカヤロー!!好きに決まっ……て…」
そこまで言って、自分は何を口走ってしまったか気付く。
しかもここには自分達以外の住人もいて。今の大声で周りの視線がこちらに集まっているのがわかる。
渡狸の顔はだんだん真っ赤に染まり、先程の勢いはどこへ行ったのか、その声はだんだん小さくなり、赤くなった顔を隠すように俯いてしまう。
「……だ、だから、もうそんなくだらない夢気にすんじゃねーよ…」
「…うん。…夢で良かった。」
ゆっくり伸ばされた彼女の手が渡狸の手に触れ、渡狸は顔を上げる。
目の前の彼女は、先程の悲しそうな表情ではなく、ふんわりと微笑んでいた。心なしか頬も薄っすら赤らんでいるような気がする。

「あのね、渡狸。私も、渡狸が…大好き」
「………っ!!」
あぁ、本当に。やっぱり彼女には敵わない。
「渡狸、一緒にパフェ食べよ?」
「…お、おぅ」
微笑む彼女に促されるまま、渡狸はカルタの向かいの椅子に座る。
目の前には、パフェを口に運び、笑顔のカルタ。
まださっきの気恥ずかしさが残っているが、そんなカルタを見ていると、まぁいいか、と思ってしまう。
「…?どうしたの、渡狸。パフェ食べてないのに嬉しそう」
「い、いや、別に?」
『カルタが笑ってくれているから』、なんて今はとても言えそうにない。
今はまだ弱いけど、頼られるくらい強くなって、彼女の笑顔を守り続けよう。渡狸はそっと己の心に誓うのだった。





「とびきり笑顔でパフェを食べるカルタちゃん…ハァハァ、メニアーーック!」
「ていうかここラウンジなんだけど…何かこっちが気まずいんですけど~」
「ふふっ、初々しい二人に幸あれ☆ってね」

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